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第4回 天狗面の歴史
2008 / 06 / 02 ( Mon )
おはようございます。
こちらも、すいぶんご無沙汰になってしまいましたが
おぼえてます?
おぼえてますよね(*´ー`) =3
またまた、歴史について書きたいと思います。
では、さっそく本題です。
前回は「沼田祇園祭(おぎょん)」について書きましたが
今回は「沼田祭り」について書きたいと思います。

あれ?「おぎょん」「沼田祭り」いっしょじゃん
と思った人いません?
実は、いっしょではないんですよ。
一つになって今のように「沼田まつり祇園祭(通称 沼田まつり)」となったんですよ。
今回は、それについてチョッチ詳しく書きたいと思います。
では、どぞっ (o ̄∀ ̄)ノ”ぁぃ
沼田祭りの歴史

戦後、四世紀にわたる歴史と各町の趣向による付け祭が一体となり「関東名物の荒祭」と
関東一を誇った「祇園祭※1」と、
10月に開催していた「商工祭」(昭和36年「沼田まつり産業祭※2」とした。)の二大イベントを
昭和45年に一つにし、市民総参加の「沼田まつり祇園祭(通称 沼田まつり)とした。
交通事情などの問題から、
昭和49(1974)年よりお祭り広場(歩行者天国)を設け、その中で祭を行うようになった。
市民総参加の「沼田まつり」として沼田市の大きなイベントにするべく努力が始まり、
時あたかも公害等の環境問題、
中央集中からふるさと志向の時代にと変わる過程で沼田市の目論見は当たり、
その昔、北関東の三大祭りと言われた祇園祭をしのぐ華やか祭りとなりました。
現在、「沼田まつり」は200軒を超える露店が出店し、
例年8月3・4・5日に行われ、
利根沼田地方の夏祭りは「沼田まつり」で終止符を打ち、この日を境にして農家は農繁期に入りる。

※1
沼田祇園祭調査資料(5月20日の日記)参照

※2
昭和30年頃より全国各地で流行し始めた商工祭の先駆けとして始められました。
各商店街の隆盛を背景として、「迦葉山の大天狗面の登場」・「沼田音頭」・「天狗ばやし」の
発表や花火大会等を取り入れ華やかに行われました。

-かんりにん-
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