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第3回 天狗面の歴史
2008 / 05 / 20 ( Tue )
きのうはみなさんお疲れ様でした(。・・。)(。. .。)ペコリ
てか
俺様のいないトコでうまいもん食ってないよね~|鉄扉|ョ゚゚´)ジィ~



なんてね((p(*・∀・*)q))♪
さて、きのうはおまけをかけなかったので
今回は、天狗面の歴史について書きたいと思います□_((ヾ(・ω・*)カタカタ

天狗面の歴史を考えたとき「沼田祭り(おぎょん)」の歴史は切り離せません。

ワッショイ♪(´∀)ノ━( ・ω)ノ━【☆*★天狗★*☆】(´Д)ノ━(・∀)ノ━ワッショイ♪

って、わけですね。
でも、ここで先に書かせてもらいますが
「沼田祇園祭(おぎょん)」と「沼田祭り」は厳密には別なんですよ。
しってました?
詳しくはこれから何回かに分けてご紹介していきますが
そう考えたとき「天狗みこし」は
「沼田祭り」に分類されるんでしょうね(o・ω・))-ω-))うん
それでは
今回は一番歴史の長い「沼田祇園祭(おぎょん)」について一気読みです(*`Д´*)ノ ぉぅ!!
年表にしてみましたので読んでみてくださいね。
それでは行きますよ~ε=ε=(((((((( *・`ω・)っ
年 号(西 暦) 記            記
天正18年(1590)
 下之町四つ角付近に、市の神様として天王宮が祭られる。
慶長17年(1612)
 真田信之が城の改築にあたり 、天王宮を現在地(中町)に移築。

明治 5年(1872)
 須賀・榛名の氏子分け実施。 (これ以前は全町須賀神社の氏子)
明治11年(1878)
 沼須町より寄贈され、須賀神社神輿、新調。
明治14年(1881)
 別々の日取りにて執行していた両神社を一緒に祭礼を行う。
明治18年(1885)
 上之町祭典録に山車の記載 委細に渡る。(これ以前にも山車あり)
明治29年(1896)
 祭礼は8月7、8、9日に行われた。
 (上之町祭典録には祭典費が百十六円と記載)
明治30年(1897)
 赤痢が大流行の為各町内が山車を出すことを中止した。
明治41年(1908)
 沼田町に電線が引かれる (山車の高さが制限される)

大正 8年(1919)
 山車が10本出された (好景気がうかがいしれる)
大正 9年(1920)
 山車が7本だされた
大正15年(1926)
 前年荒れ狂い神輿が破壊された為、須賀神社白木神輿新調

昭和12年(1937)
 付け祭り自粛 支那事変始まる。
昭和15年(1940)
 11月10日~12日政府祝典により、紀元26百年奉祝、山車を出す。
昭和20年後半
 祭りが復活し、賑わいをます。 戦後、昔の栄華を取り戻す
昭和30年(1955)
 お囃子コンクール実施される。 (この年の前後数年間行われた)
昭和33年(1958)
 神輿、暴徒と化し大破する 両神社神輿、民家等に突っ込む
昭和30年後半40年半端
 衰退し、神輿渡御なし 本町3ヶ町のみで祭りを実施される。

昭和30年代からの祇園祭が衰退していった原因の一つに、
囃子方の中の笛吹き手の問題がある。
当時、笛吹き手には高い日当、仕度、食事、足代まで用意し
特権階級的な扱いがされており、
祭典費を圧迫していると共に、後継者育成が大幅に遅れた。

昭和37年(1962)
 中町山車を代える 清水町より山車を受け継ぐ。
昭和40年(1965)
 市内スポーツ団体有志によって復活、
 須賀神社神輿渡御が行われる。
昭和46年(1971)
 両神社神輿渡御復活 「沼田まつり」となる。
昭和47年(1972)
 上之町山車を改装
昭和48年(1973)
 下之町山車新造。 (渋川にて)
昭和49年(1974)
 材木町山車新造。 (従来あった山車と彫刻を合わせた)

昭和50年代に入ると、
故郷志向が叫ばれ各地で祭礼が復活し始め、
沼田もそれにもれず各町で山車を出し始めた。
そこで、
笛吹き手の養成が急務となり各町で練習が始まりました。

昭和51年(1976)
 西原新町山車を出す。( この年より数年に渡り、装備充実)
昭和52年(1977)
 上之町山車新造 (高崎にて)
昭和52年(1977)
 西倉内町山車新造 (この年より続く)
昭和53年(1978)
 東倉内町山車新造
昭和54年(1979)
 沼田祇園囃子保存会連合会結成

各団体の連絡調整機関として、
昭和54年に沼田祇園囃子保存会連合会が結成された。
現在では、他町や他地域に頼らず、
山車を出す各町で笛吹き手をまかなうことができ、
その輪は青少年にも広がり、
情操教育の一端を担っていると共に、
毎年夏の灼熱の太陽を受け盛大に実施され、
華麗な山車の上で練習を重ねた
子供達の奏でる祇園囃子に多くの観衆は聞き入り、
その技術は年々上達しつつある。

昭和55年(1980)
 第一回沼田祇園囃子競演会開催
昭和56年(1981)
 坊新田町山車新造
昭和58年(1983)
 国民体育大会剣道選手団を山車をかざって歓迎する
昭和59年(1984)
 大銀座祭・音と光のパレード に山車を出す(60年同様)

平成 2年(1990)
 高橋場町山車新造
平成 2年(1990)
 御大典に際し山車を出す。 須賀神社4ヶ町
平成 3年(1991)
 第12回沼田祇園囃子競演を県芸術文化振興基金助成事業として実施
平成 4年(1992)
 第1回お囃子道具補修事業実施 加盟団体対象、
平成 5年(1993)
 第2回お囃子道具補修事業実施 加盟団体対象、
平成 6年(1994)
 群馬県人口2百万人達成記念郷土芸能大会出演
 前橋文化会館に於いて
平成 6年(1994)
 中町山車新造 富山県井波にて
平成 6年(1994)
 鍛冶町山車を出す 中町より譲り受ける
平成 6年(1994)
 第15回沼田祇園囃子競演会を
 日本芸術文化振興基金助成事業として実施
平成 6年(1994)
 本会が群馬県文化奨励賞を受賞
平成 7年(1995)
 群馬祭囃子競演会を沼田市で開催 県内より6団体が参加
平成 7年(1995)
 国際姉妹都市締結調印式、
 ドイツ・フュッセン市で祇園囃子を披露
平成 7年(1995)
 沼田祇園囃子保存会連合会が
 沼田市重要無形民俗文化財に指定さる
平成 8年(1996)
 ドイツ・フュッセン市とイタリア・ベニス市 沼田祇園囃子公演実施
平成9年(1997)
 貳石會(にこくかい)にて
 貳石會神輿が、顧問である石井雅右氏により製作され
 三年の歳月を経て平成9年7月完成し、同年8月1日入魂式が行われた。
 この年から沼田祭りに参加。
平成10年(1988)
 第49回全国植樹祭郷土芸能に出演 21世紀の森
平成11年(1989)
 第20回沼田祇園囃子競演会、記念大会開催
平成12年(2000)
 平成13年度 第16回国民文化祭プレ事業
 日本祭囃子フェスティバルプレ事業開催
平成13年(2001)
 11月3日・4日 第16回国民文化祭 日本祭囃子フェスティバル開催
平成14年(2002)
 京都八坂神社本殿竣功記念行事(平成の大修理)参加
 お囃子奉納 6月2日
平成15年(2003)
 東倉内町人形新調(小松姫) コミュニティ助成事業
平成15年(2003)
 上之町人形衣装新調(小鍛冶) コミュニティ助成事業
平成16年(2004)
 第17回 全国健康福祉祭群馬大会『ねんりんピックぐんま』
 沼田市での閉会式に出演
平成17年(2005)
 3月6日 さんてこ囃子フェスティバル出演
 埼玉県熊谷市立文化センターに於いて
平成17年(2005)
 沼田市合併記念イベントとして上之町318広場特設会場にて
 伝承芸能祭が行われれる


参照資料 : おぎょん(沼田祇園祭)祭吉連のページ、沼田市ホームページ、お祭りデータベース、貳石會ホームページ、沼田図書館所蔵書籍にて
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